大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松地方裁判所丸亀支部 昭和60年(ワ)52号 判決 1986年12月03日

原告

別紙原告目録(略)のとおり

右原告ら訴訟代理人弁護士

末永善久

被告

総評全日本造船機械労働組合讃岐造船分会

右代表者執行委員長

三宅虎彦

被告

三宅虎彦

右被告両名訴訟代理人弁護士

高村文敏

右同

久保和彦

右同

臼井満

右同

重哲郎

主文

一  被告総評全日本造船機械労働組合讃岐造船分会は、原告らに対し別紙一覧表各記載の金員及びこれらに対する、別紙原告目録1ないし35記載の各原告については昭和五九年一〇月二八日から、同目録36ないし42記載の各原告については昭和六〇年二月二六日から、同目録43記載の原告については同年一一月一七日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  別紙原告目録1ないし35記載の各原告の被告総評全日本造船機械労働組合讃岐造船分会に対するその余の請求及び原告らの被告三宅虎彦に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告三宅虎彦との間においては全部原告らの負担とし、原告らと被告総評全日本造船機械労働組合讃岐造船分会との間においては原告らについて生じた費用を二分し、その一を被告総評全日本造船機械労働組合讃岐造船分会の負担とし、その余の費用は、各自の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告らに対し別紙一覧表各記載の金員及びこれに対する

(一) 別紙原告目録1ないし35記載の各原告らについては昭和五九年九月一五日から

(二) 同目録36ないし42記載の各原告らについては昭和六〇年二月二六日から

(三) 同目録43記載の原告については昭和六〇年一一月一七日から

各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 被告総評全日本造船機械労働組合讃岐造船分会(以下、被告組合という。)は、訴外株式会社讃岐造船鉄工所(以下、訴外会社という。)の従業員で構成する労働組合で、被告三宅虎彦(以下、被告三宅という。)は、被告組合の代表者執行委員長である。

(二) 原告らは、いずれも従前から被告組合に加入していたが、別紙原告目録1ないし35記載の原告らは昭和五九年七月七日付、同目録36ないし42記載の原告らは昭和六〇年一月一四日付、同目録43記載の原告は昭和六〇年六月二八日付の脱退届を被告組合執行委員長被告三宅に提出し、被告組合を脱退した。

2  積立金

(一) 原告らは、被告組合の組合員資格を有していた間、退職積立金として、毎月訴外会社から支給される賃金から天引控除する方法により各自一定額を被告組合を通じて被告組合名義で、香川県労働金庫観音寺支店(以下、労金という。)の別紙預金目録口座に積立てていた(以下、本件積立金という。)。

このようにして積立てられた原告らの積立金の残高は、昭和五九年九月一四日当時、別紙一覧表のとおりであった。

(二) 本件積立金は、組合員が退職後の生活資金に充てるために始められたものであり、被告組合が各組合員から毎月給料日に一斉積立金として天引の方法で所定の金額を預かり、これを労金に被告組合名義で一括預金し、労金ではこれを各組合員毎の積立額を記載した台帳を作成し、総額の一割程度を退職者への払戻し準備金として普通預金口座に預入れ、その余は満期を毎年七月五日と定めた一年の期日指定定期預金に預入れて運用し、その利息も各組合員毎に分配され、各個人別の積立残高も労金から各組合員に通知されていた。

したがって、本件積立金は原告ら組合員の個人の預金であって、労働金庫法第五八条第二項第六号所定の会員を構成するもの(間接構成員)の預金又は定期積金であり、仮にそうでないとしても、原告ら組合員が被告組合に対してなした預託金であって、これら預金の預入れ払戻し、一時貸出し等の業務は右委託に基づき当該組合員の名と積立高という枠内でその者のために行われ、この枠を超えて被告組合のために利用、費消することは許されず、組合員が被告組合から脱退するなどして組合員資格を喪失したときは、被告組合は当然当該組合員に積立金を払戻すべき義務があるものである。

3  不法行為

(横領)

(一) ところで、本件積立金は原告ら組合員の委託に基づき被告組合名義で一括預金し、その預入印も被告組合の印章が使用されており、右預金の通帳及び預入印は被告組合の代表者として被告三宅が保管していた。

(二) しかるに、被告三宅は原告ら被告組合脱退者或は脱退見込者らを組合活動に対する裏切者ときめつけ、本件積立金の返還要求あることを予知し、その法的措置を免れようと企て、昭和五九年九月一四日労金から本件積立金の払戻しを受け拐帯、隠匿した。

(三) 被告三宅は右のとおり原告ら権利者に対し返還を拒否して領得を図り、その権利行使を実効なからしめるために、本件積立金を引出したものであるから、その引出し行為そのものが横領として不法行為を構成するものであり、仮にそうでないとしても、少なくとも、右のとおり労金から引出した本件積立金を右意図のもとに隠匿等処分したことは横領として不法行為を構成する。

(債権侵害)

(四) 仮に右横領が認められないとしても、本件積立金は前記のとおり原告らが被告組合に預託したものであるから、原告らは被告組合に対しその返還請求債権を有するところ、被告組合は労働組合の性質上資産を保有することを目的とする団体ではなく、事実、見るべき資産はなく、右債権本来の内容を実現し得る資力や能力もないのであるから、被告三宅が原告らの本件積立金を原告らの権利行使を妨害する意図のもとに労金から引出し、これを拐帯、隠匿することは、原告らの本件積立金自体に対する権利侵害であり、或は被告組合に対する前記返還請求債権の目的たる給付を不能ならしめたものとして不法行為を構成する。

4  被告らの責任

被告三宅の前記行為は被告組合の代表者としてその職務を行うにつきなしたものであるから、被告組合は民法第四四条、労働組合法第一二条により、被告三宅は民法第七〇九条により、それぞれ原告らの被った後記損害を賠償する義務がある。

5  原告らの損害

原告らは、被告三宅の右横領行為により、それぞれ別紙一覧表記載の預金額相当の損害を被った。

6  仮に右不法行為の成立が認められないとしても、本件積立金は原告らが退職積立金として被告組合に預託し、その事務を委託していたものであるから、被告組合は民法第六四六条により前記労金から払戻しを受けた本件積立金を原告らに対しそれぞれ引渡す義務がある。

よって、原告らは、(一)主位的に、被告ら各自に対し、不法行為に基づき、別紙一覧表各記載の預金額と同額の損害賠償金及びこれに対する不法行為の日以後である別紙原告目録1ないし35記載の原告らは昭和五九年九月一五日から、同目録36ないし42記載の原告らは昭和六〇年二月二六日から、同目録43記載の原告は同年一一月一七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、(二)予備的に、被告組合に対し、委任契約に基づき、別紙一覧表の各記載の預金額と同額の金員の返還及びこれに対する催告の日の翌日である前同様の日から、支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)、(二)の事実は認める。但し、原告らの被告組合からの脱退の効力は争う。

2  同2(一)、(二)の事実は否認。

3  同3(一)の事実中、労金に対する預金の名義人が被告組合であること、預入印も被告組合の印章が使用されていたこと、被告三宅が被告組合の代表者としてこれらを保管していたことは認める。その余の事実は否認。

4  同3(二)ないし(四)の事実は否認。

5  同4の事実は否認。その主張は争う。

6  同5、6の事実は否認。

三  被告らの主張

1  原告らの組合脱退について

(一) 被告組合の組合規約には脱退についての定めはなく、脱退手続は被告組合の規約に優先する総評全日本造船機械労働組合(以下、全造船という。)の規約に基づいてなされなければならない(全造船組合規約第六五条)。そして、右規約第八条は、「組合から脱退するときは、理由を明記した脱退届を中央執行委員長に提出し、中央執行委員会の承認を得なければならない。資格のなくなるのは、中央執行委員会の承認した日とする。」と規定しているところ、原告らの脱退届は理由の明示もなく、中央執行委員長にあてたものでもないから、手続的に無効であり、脱退の効力はない。

(二) 仮に、そうでないとしても、原告らの組合脱退は権利の濫用として許されない。

すなわち、労働組合は労働者の自由意思に基づく結合を契機とするものであるが、組合脱退の自由は本来結社の自由に由来するものであるから、その脱退が殊更、当該組合の団結を乱し、使用者に利益を与えるような目的ないし態様でなされる場合は権利の濫用として、その効力を認めるべきでない。

ところで、被告組合は、昭和五九年六月五日訴外会社に対し同年度年間一時金の要求を提出し、これをめぐって団体交渉を重ねていたところ、同年六月末頃から、訴外会社は真鍋清三工務課長ら管理職をして被告組合の組合員に対し執拗な脱退工作をはじめ、これに応じた組合員に対し、あらかじめ用意した組合脱退届及びいわゆるチェックオフ中止の申入書の各ひな形を示してこれに記入させて、訴外会社に提出させた。その上、同年七月七日午後四時三〇分頃、訴外会社は右脱退工作に応じた別紙原告目録1ないし35記載の原告らを会社会議室に集め、松田社長自ら、「脱退届を受け取った時は涙か出るほど嬉しかった。ここに集ったものはなんとしても守る。」等と述べ、被告組合からの脱退の意思を翻さないよう念を押した。

訴外会社は、以上のようにして集めた右原告らの組合脱退届を同年七月七日、八日の両日にわたり被告組合の執行委員長である被告三宅に郵送した。

訴外会社はその後も執拗な脱退工作を続け、別紙原告目録36ないし42記載の原告らは昭和六〇年一月一四日、同目録43記載の原告は同年六月二八日前同様組合脱退届を被告三宅に提出した。

原告らの組合脱退の経緯は右のとおりであり、使用者に利益を与える目的、態様でなされたものであるから権利の濫用として無効というべきである。

2  本件積立金の性質について

原告ら主張の本件積立金は原告ら個人の預金ではなく、被告組合の闘争積立金である。

(一) 被告組合は、労金からの、労働金庫の基金として、組合員一人五〇〇円あての一斉積立てをしてほしいとの要請により、昭和三九年度秋の組合臨時大会で右要請にそう決議をし、同年一二月頃から積立てをはじめた。

(二) その後、被告組合は昭和四八年九月三〇日開催の第二七回定期大会において、右積立金につき、組合闘争の際の組合員の賃金填補、闘争による解雇者への生活費援助等組合活動にも使用できるものとする旨決議した。したがって、右決議以後、本件積立金は単なる個人の積立金ではなく、被告組合の闘争積立金として組合費に準ずる被告組合の預金となったものである。

(三) なお、右闘争積立金は、昭和五一年九月二九日開催の第三〇回定期大会において一五〇〇円に、同五三年九月九日開催の第三二回定期大会において二〇〇〇円に、同五六年九月二六日開催の第三五回定期大会において三〇〇〇円と順次引き上げが決議された。

3  本件積立金の返還請求について

(一) 被告組合は、本件積立金(闘争積立金)につき、前記第二七回定期大会において、組合員が退職等の事由で組合員資格を喪失した時は各人の積立残高を引き出し返還すること、しかし、当該組合員が組合の団結を乱すような組合からの脱退、分裂、ないしは除名処分を受けた時はその返還は行わない旨の確認をし、昭和五九年九月一一日開催の臨時大会において右運用を再確認した上、闘争資金積立金規程を制定した。

しかして、原告らが脱退届を提出した経緯は前記のとおりであるから、右確認の経緯ないし規程の趣旨にてらし、原告らに本件積立金の返還請求権はない。

(二) 仮にそうでないとしても、別紙原告目録36ないし43記載の原告らは、前記昭和五九年九月一一日開催の臨時大会に出席し、組合脱退者や除名組合員に対しては本件積立金を返還しない旨規定した前記闘争資金積立金規程の制定に賛成した。従って、少なくとも右原告らは右により本件積立金の返還請求権を放棄したものというべきである。

(三) 更に原告らは被告組合の組合員として、本件積立金が、訴外会社の不当労働行為に対抗するなど組合闘争の際の闘争資金であることを十分認識していたにもかかわらず、自ら訴外会社の脱退工作に屈し、被告組合の団結を弱体化させる結果を招来しておきながら、まさにそのために備えられた本件積立金の返還を請求しているのであって、権利の濫用といわざるを得ない。

四  被告らの主張に対する原告らの認否反論

1  1の主張について

労働組合への加入及びこれからの脱退は個人の基本的人権に属し、脱退は本質的に自由であって脱退せんとする者の形成権の行使であり、何らの形式も承認も必要とするものではない。原告らの脱退の自由を制限する被告主張の規約は、この意味で公序良俗に反し何らの拘束力もなく、原告らの被告組合からの脱退を制限しうるものではない。また、組合からの脱退につき権利濫用の概念を容れる余地はない。

2  2、3の主張について

右事実はいずれも否認。

仮に、被告ら主張の昭和五九年九月一一日開催の組合臨時大会において、その主張に係る決議がなされたとしても、これにより本件積立金が原告ら組合員個人の被告組合に対する預託金としての性質に変更をきたすものではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  請求原因1(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  原告らの被告組合脱退とその効力

原告らがその主張の日付の脱退届を被告組合執行委員長被告三宅に対し提出したことは当事者間に争いがなく、被告三宅本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く、以下同じ。)によれば、別紙原告目録1ないし35記載の原告らの脱退届は昭和五九年七月九日、同目録36ないし42記載の原告らのそれは昭和六〇年一月二一日、同目録43記載の原告のそれは同年六月二八日にそれぞれ被告三宅に到達したことが認められる。

1  被告らは、原告らの被告組合からの脱退は組合規約所定の手続を履践していないので無効であると主張するので、まずこの点について判断する。

(証拠略)によれば、被告組合の組合規約中には組合員の脱退に関する定めはなく、その上部団体である全造船の組合規約に、同規約が傘下の組合規約に優先する旨の一般的条項(同規約第六五条)が定められ、脱退については、「組合から脱退するときは、理由を明記した脱退届を中央執行委員長に提出し、中央執行委員会の承認を得なげればならない。資格のなくなるのは中央執行委員会の承認した日とする。」(同規約第八条)と規定していることが認められるから、原告らの組合脱退については右規約が適用されるものというべきである。

ところで、労働者が労働組合に加入し、又はそれから脱退することは憲法の保障する結社の自由の内容をなすものであるから、労働者はいったん組合に加入した後においても、その自由意思によりこれから離脱することができ、規約等によってこの組合脱退の自由を実質的に制約することは許されないと解するのが相当である。

しかして、前記規約の脱退に関する規定中、脱退の要件として理由明示を要求する点及び中央執行委員会の承認に係らしめる点(効力発生日を含む。)は、いずれも脱退の効力を組合の意思に係らせる結果となり組合員の脱退の自由を実質的に制約するものであって、公序良俗に反し無効というべきである。

そして、(人証略)の証言及び弁論の全趣旨によれば、組合員の脱退届は分会、支部から地方本部を経由して中央執行委員長にあて提出する取扱いになっていることが認められるところ、原告らの脱退届が、被告三宅から右の経路によって中央執行委員長に提出された形跡はないけれども、脱退届が組合員の所属する分会執行委員長に提出された以上右取扱いに従って中央執行委員長に送達提出されるべきものであるから、何らかの事由によってこれが到達しなかったとしても、通常到達すべき合理的期間の経過によって、脱退の効力を認めるのが相当である。

そうすると、原告らの脱退はその届が被告三宅に提出された前記日から中央執行委員長に到達するに要する相当期間と認められる遅くとも一〇日を経過した日にそれぞれその効果が発生したものと認めるのが相当である。

2  次に、被告らは、原告らの組合脱退は、殊更被告組合の団結を乱し、訴外会社に利益を与える目的にでたものであって権利の濫用であると主張する。

被告三宅本人尋問の結果及び(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、原告らの被告組合からの脱退の経緯につき前記被告ら主張の事実が認められ、訴外会社の職制による働きかけが原告らの脱退の直接の契機になったことは否めず、訴外会社の被告組合に対する団結権侵害行為があったことは明らかである。

しかしながら、原告らの組合脱退について訴外会社の不当労働行為があったとしてもそのことに対する非難、責任は同会社に向けられるべきものである上、原告増田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告らは造船鉄工業不況下における被告組合の運動方針に強い不満を抱いており、別紙原告目録1ないし35記載の原告らは昭和五九年九月八日新たに讃岐造船鉄工労働組合を結成加入し、その余の原告らも脱退後右組合に加入していることが認められるのであって、原告らの脱退が使用者の違法な行為に基づく脱退ではあっても、ひとたび原告らが別個の組合を結成しこれに加入するなど自らの団結権を正当に行使した以上、右脱退を無効とすることは、労働者の組合を結成し加入する権利を制約する結果になり、相当でない。

被告らのこの点に関する主張は採用できない。

三  本件積立金の法的性質

(証拠略)、原告増田及び被告三宅本人尋問の各結果を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

1  被告組合は労金から組合員一人当り一か月五〇〇円の一斉積立預金をしてほしいとの要請を受け、昭和三九年秋の組合臨時大会で右要請に応じる決議をし、組合費とは別途に訴外会社との間で、退職積立金の名称でチェックオフ協定を結び昭和四〇年一月から積立てを開始した(本件積立金)。

2  被告組合は右積立金を一括して労金に対し被告組合名義で預金し、その取引に関する届出印も被告組合の組合印を使用しており、預金総額の一割程度を退職者等への支払準備金として普通預金とし、他は満期を毎年七月五日と定めた一年の期日指定定期預金として運用されていた。

3  被告組合は本件積立金について、積立てする組合員及びその数額の異動がある場合にはその都度労金に積立金異動処理依頼書を作成して通知し、一方労金は被告組合の委託に基づき、積立組合員別の積立額を記載した帳簿(一斉積立内訳明細表)を作成し、毎年八月五日付で利息総額を各組合員の積立額に応じて配分した組合員毎の積立金現在高通知書を作成交付していた。

4  本件積立ては、組合員が定年退職後引き続き臨時工として就労した場合や、管理職になり組合員資格を喪失した場合にも、その者の希望により継続して積立てることが認められていた。

5  各組合員の一か月の積立額は、その後昭和四八年九月三〇日開催の組合定期大会で一〇〇〇円に、昭和五一年九月二九日開催の組合定期大会で一五〇〇円に、続いて昭和五三年九月九日開催の組合定期大会で二〇〇〇円に、更に昭和五六年九月二六日開催の組合定期大会で三〇〇〇円とする旨議決し、ほとんど全ての組合員は右金額を積立てていたが、例外的に一部右金額に満たない額を積立てる者、あるいは、これを超える多額の積立てをする者など、必ずしも統一されていなかった。

6  本件積立金は、組合員が退職したり、管理職になって組合員資格を喪失した場合には、積立額とその利息に相当する金額を被告組合が労金から払戻しを受け、これを当該預金者に支払っていたが、積立中であっても組合員が希望するときは、既積立額の範囲内で途中引出しが認められていた。そして、本件積立金は、被告組合の会計には計上されず、従って監査の対象ではなくその収支等についても組合大会等で報告されたことはなかった。

以上の認定事実によれば、本件積立金は、組合員の義務として拠出し、専ら組合活動に使用される一般組合費等と全くその性質を異にし、個々の組合員が被告組合の決議により退職積立金という名目で義務的に一定の金額を積立てるけれども、被告組合にその保管、管理、運用を委託したものに過ぎず、被告組合が右委託の趣旨に基づき管理、運用の方法として労金に一括預金していたものであって、積立者個人の被告組合に対する預託金としての性質を有するものと認めるのが相当である。

もっとも、(証拠略)、被告三宅本人尋問の結果によれば被告組合は昭和四七年頃から闘争時における組合員の生活扶助資金等に備えるため、いわゆる闘争資金を積立てるよう上部組織から指導され、昭和四八年九月三〇日開催の組合定期大会において、積立額を従来の五〇〇円から一〇〇〇円に引き上げると共に、これを組合活動にも活用できる旨決議したこと、続いて、昭和四九年四月のいわゆる春闘で八日間余のストライキを実施し、組合員が賃金カットされた際、生活費等の補填を希望する者に対し、組合大会の承認を得て本件積立金の一部払戻しを受けて当該組合員の当時の積立額の範囲内で分配支給したこと、更にその後被告組合は昭和五二年一二月二三日、訴外会社からの要請により年末手当の資金調達のため、労金から二四〇〇万円を借り受けて訴外会社に貸付けた際、本件積立金(当時残高一〇六六万九五九〇円)を右労金からの借入金債務の担保に供したことが認められる。

しかしながら、前記昭和四八年九月の組合定期大会の決議も、本件積立金は個人の退職積立金であることを前提にして、副次的に組合活動にも活用できるとの趣旨であること、被告三宅本人尋問の結果によれば、賃金カットの際、その補填を受けた組合員は、従前の積立額からこれを控除減額する措置がとられていたこと、担保供与についても、前記昭和四八年九月の決議の趣旨に基づき執行委員会及び組合大会の決議、承認を得てこれを実施したことが認められるのであるが、年末手当支給という目的からみて、担保供与が各組合員の合理的意思に反する措置とは解されないのであって、右各事実があるからといって、本件積立金が前記各組合員個人の預託金的性格を失ったものということはできない。

更に、証人溝口清、同西山忠克及び被告三宅は、従前、組合大会等の機会に本件積立金は闘争積立金であって、組合の団結を破壊する者には返還しない性質のものであることを確認していた旨供述するが、右供述は原告増田本人尋問の結果と対比してにわかに採用しがたく、他に前記認定を左右するに足りる証拠はない。

四  被告らの不法行為

1  (証拠略)、被告三宅本人尋問の結果によれば、被告組合執行委員会は、原告目録1ないし35記載の原告らが脱退届を提出したことを契機として、右脱退者から本件積立金の返還請求があることなどを考慮し、労金に対する本件積立金全額の払戻しを受けることを昭和五九年九月一一日開催の組合臨時大会に提案し、その決議を経た上、執行委員長である被告三宅において、同年同月一九日積立預金を解約し右全額の払戻しを受け、被告組合に抑留していることが認められる。

ところで本件積立金は、原告ら組合員が主たる目的を退職積立金として被告組合に預託したものであるが、原告らはこれを被告組合名義で労金に一括預金することを承認し、かつ、被告組合の活動の一環として、かつて当該預金は被告組合の労金からの借入金債務の担保に供され、ストライキの際の生活費援助の為に一時引き出されて組合員に支給されたことがあること前認定のとおりであるから、右預託金はそれ自体の特定性はなく消費寄託的性質を有し、当該預託金の所有権は事実上被告組合に移転帰属するものと解するのが相当である。

してみれば、被告組合の機関決定に基づきその執行委員長である被告三宅が労金から本件積立金の払戻しを受けたこと及び当該預託金を抑留したことをもって横領ということはできず、不法行為は成立しない。

2  また、原告らは被告組合は原告らの被告組合に対する本件積立金返還請求権の目的たる給付を実現しうる資力も能力もないと主張するが、本件全立証によるも右事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、債権侵害を理由とする不法行為の成立の余地はない。

そうすると、原告らの被告三宅及び被告組合に対する不法行為に基づく損害賠償請求はその余の点を判断するまでもなく理由がない。

五  本件積立金の返還請求権

前記三に認定したとおり、本件積立金は原告ら個人の被告組合に対する積立預託金であるから、その性質にてらし、原告らが退職したり組合から脱退するなどした場合には、個別的にその返還請求権を放棄するなど特段の事情のない限り、被告組合はこれを返還する義務がある。

ところで、被告らは別紙原告目録36ないし43記載の原告らは、本件積立金の返還請求権を放棄したと主張し、被告三宅本人尋問の結果及び(証拠略)によれば、被告組合は従来本件積立金の管理、運用等につきその基準となるべき規程等を制定していなかったが、原告らの一部の組合脱退を契機として、これを明文化することとし、昭和五九年九月一一日開催の組合臨時大会において、本件積立金は組合員が退職などの事由で組合員資格を失った時は各人の積立現在高を引き出し本人に返還するが、組合の団結を乱す分裂、脱退及び除名の場合には返還しないとの内容の「闘争資金積立金規定」を決議制定したことが認められる。

しかしながら、前記認定のとおり、本件積立金は、組合員個人の組合に対する預託金的性質を有するものであるから、組合の多数決原理によって処分することは許されず、新たにこれを純然たる組合財産に取り込んだり、その返還に制限を加えたりするためには、預託者たる組合員の個別的な承諾を要するものと解するのが相当である。

そして、被告三宅本人尋問の結果によれば、別紙原告目録36ないし43記載の原告ら中、同目録37(森正男)、38(寺田文哉)、40(田尾茂)及び43(今川教一)記載の原告らは右昭和五九年九月一一日開催の組合臨時大会に出席していたことが認められる(同目録36、39、41及び42記載の原告らが右大会に出席していたと認めるに足りる証拠はない。)けれども、右出席原告らが前記規程の制定に賛成したと認めるに足りる証拠はなく、またその他同目録36ないし43記載の原告らが、本件積立金の返還請求権を放棄したと認めるに足りる証拠もない。

更に、また被告らは、原告らは訴外会社の脱退工作に屈し、被告組合の団結を弱体化させておきながら、団結強化のために備えられた本件積立金の返還を請求するものであって、本件請求は権利の濫用にあたると主張するけれども、本件積立金の法的性質は前認定のとおり個人の預託金である以上、仮に被告ら主張の事情が認められるにしても、預託者たる原告らがその返還請求権を行使することが権利の濫用にあたるといえないことは明らかである。

六  原告らの本件積立金額と催告

(証拠略)によれば、原告らが被告組合に対し、前記のとおり組合が一括払戻しを受けた昭和五九年九月一四日当時までに預託した積立金残高は別紙一覧表預金額欄の金額であったこと、(証拠略)によれば、別紙原告目録1ないし35記載の原告らは、被告組合に対し、昭和五九年一〇月二六日付内容証明郵便で右積立金を返還するよう催告し、右内容証明郵便は翌一〇月二七日被告組合に到達したことが認められ、これに反する証拠はない。

また、同目録36ないし42記載の原告らについては昭和六〇年二月二五日、同目録43記載の原告については同年一一月一六日いずれも本件訴状が被告組合に送達されたことは、本件記録上明らかである。

七  結論

以上の次第であるから、被告組合は原告らそれぞれに対し、別紙一覧表預金額欄記載の金銭とこれに対する催告の日の翌日である別紙原告目録1ないし35記載の原告らにつき昭和五九年一〇月二八日から、同目録36ないし42記載の原告らにつき昭和六〇年二月二六日から、同目録43記載の原告につき同年一一月一七日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よって、原告らの本訴請求は右限度において理由があるからこれを認容し、別紙原告目録1ないし35記載の原告らの被告組合に対するその余の請求及び原告らの被告三宅に対する請求は理由がないからいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙木實 裁判官 田中観一郎 裁判官 榎本巧)

別紙 一覧表

<省略>

預金目録

一 一斉積立預金

会員名 全日本造船機械労働組合讃岐造船分会

組合員 カトウヨシノリ以下カマタムネカズまで計一〇三名

普通預金口座番号 一〇八七三番

定期預金口座番号 三五二八六番

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例